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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)253号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで審決取消事由について判断する。

1 取消事由(1)について検討する。

前記当事者間に争いのない本願発明の要旨と成立に争いのない甲第三、第四号証によると、本願発明は、「天然皮革に極めて類似した不織布シート状物の製造法に関するものであり、」(甲第三号証一欄下から一二・一一行)、このような不織布シート状物の製造法を得ることを目的として本願発明の要旨に示された構成を採用したものであることが認められる。そして、前掲甲第三、第四号証によると、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、実施例1の説明として、「シートの表面を一五〇メツシユのカーボンランダム付サンダーベルドでバツフイングしたところ表面の複合繊維はほぼ完全に両成分糸に分割剥離されており、非常に柔軟な感触を示すことが判明した。」(甲第三号証四欄三一ないし三五行)と記載されており、右記載でいう「両成分」がポリエステル成分とポリアミド成分を意味することは右発明の詳細な説明の項に説明されているので、前記本願発明の目的に照らせば、本願発明におけるバツフイングは、シート表面に柔軟な感触を付与するため、サンダーベルド等の機械的処理により、複合繊維の末端のポリエステル成分とポリアミド成分を分割剥離し緻密な毛羽を発生させることを意味するものと認められる。

これに対し、第一引用例に審決の理由の要点2に摘示された記載があることは当事者間に争いがなく、右の記載と成立に争いのない甲第七号証によれば、第一引用例には、ポリエステルとポリアミドとがサイドバイサイド型に複数回交互に配置されており個々のデニールが〇・一ないし五・〇を有する高捲縮性の複合繊維を用いて、これを適当な機械的処理手段によつて分割し、絹に似た性状を有する糸条又は編織布を製造する方法の発明が開示されていることが認められる。そして、右甲第七号証によれば、第一引用例には、この複合繊維を分割するための適当な機械的処理手段の具体例として、「たとえば、鋭い縁を持つた装置の上で移動方向を変えながら緊張しつつ延き伸ばすことによつて容易に分離しうる。」(同号証三欄一〇ないし一三行、訳文八頁一六ないし一八行)、「乾燥した糸条を約〇・五g・p・dの張力下において顕微鏡スライドガラスの縁に接して糸条が九〇度接触方向を変えるようにして引張つた。」(同号証九欄一四ないし一七行、訳文三二頁一ないし三行)、「上記延伸糸の複合フイラメントは、……空気ジエツト中を、供給速度五〇y・p・m、巻取速度四八y・p・mで九〇p・s・iの空気を毎分二立方フイート用いて、一回通すことによつても重合体成分に完全に分離される。」(同号証九欄二四ないし二九行、訳文三二頁一〇ないし一四行)と記載されていることが認められる。

以上の事実によれば、本願発明と第一引用例とは、両者共に、ポリエステルとポリアミドとがサイドバイサイド型に複数回交互に配置されており個々のデニールが〇・一ないし一・〇を有する高捲縮性の複合繊維を用い、この複合繊維を機械的処理手段により各成分に分割剥離する点で一致するが、両者の目的の相違から、本願発明における機械的処理手段であるバツフイングは、シート状物の表面を構成する複合繊維の末端を各成分に分割剥離し緻密な毛羽を生じさせる処理手段であるのに対して、第一引用例の機械的処理手段は、複合繊維をその全体にわたつて各成分に分割剥離する処理手段である点では異なるものと認められる。

ところで、審決が本願発明と第一引用例が両者ともに「機械的剥離処理により各成分単位の極細繊維を得る点で一致し」と認定したのは、本願出願前の先行技術として本願明細書中に挙げられている第二引用例の発明の技術内容を考慮し、この第二引用例の発明と第一引用例の発明とから本願発明に想到することが容易であるかどうかを判断するためであつたことは、前記当事者間に争いのない審決の理由の要点の記載に照らし明らかである。

そこで、第二引用例の技術内容を検討すると、成立に争いのない甲第八号証によれば、第二引用例には、細分化された繊維状物の末端が表面を構成するようにした天然皮革に極めて類似した皮革様シート状物の製造法に関する発明が開示されていることが認められ、この製造法として、海成分と島成分とからなる繊維を用い、該繊維の末端が一表面を構成するようにシート状物を構成した後、その表面をやすりがけなどを施して各成分を剥離する方法が記載されていることは、当事者間に争いがない。そして、右甲第八号証により認められる「本発明では、次にこのシート状物の少なくともその表面を機械的にしごく、もむ、こする、やすりがけなどの屈曲の程度の強い処理をほどこすものである。このような機械的作用により海成分は破壊され島成分の極細フイラメントが繊維シート状物表面に発生するのである。」(同号証四欄二九ないし三四行)、「このシート状物の表面をサイドペーパーでこすり、さらに完全を期してナイフエツヂを有する金属片で擦過した。これにより表面に極細繊維端が起毛し、スエード調の表面状態ならびに触感を有する柔軟な人工皮革が得られた。」(同号証六欄一四ないし一八行)との記載によれば、第二引用例における前記やすりがけなどの処理手段は、シート状物の表面を構成する複合繊維の末端を海成分と島成分に剥離して海成分を破壊し島成分の極細繊維端を起毛する機械的処理手段であつて、本願発明のバツフイングと機械的処理手段として同一であり、その処理の目的もシート状物の表面の極細繊維端を起毛させる点で異ならないものであることが明らかである。

右事実によると、本願発明と第二引用例の発明とは共に、天然皮革に極めて類似した不織シート状物の製造法であつて、用いる材料である繊維を異にし、シート状物の収縮処理工程の有無において相違するほかは、すべて一致する方法であると認められる。

そこで、この第二引用例の発明の技術内容を前提として考慮し、第一、第二引用例から本願発明に想到することが容易であるかどうかを判断するに当たつてどのような点を検討する必要があるかについて考えるに、前認定のとおり、本願発明のバツフイングが第二引用例の機械的処理と同一であり、同一の複合繊維を用いる第一引用例の機械的処理と各成分を分割剥離する点では同一である以上、第一引用例の複合繊維の末端が第二引用例のやすりがけなどの機械的処理手段によつて各成分に分割剥離され得る構造性質を有するかどうかが検討されなくてはならないが、第一引用例の機械的処理が前叙の点以外で本願発明のバツフイングと異なるか否かは問題とする必要がない。そして、第一引用例の複合繊維が機械的処理手段によつて各成分に分割剥離され得る構造性質を有することは前叙のとおりである。

そうとすると、審決が「第二引用例の技術をも勘案しつつ、本願発明と第一引用例に記載された発明を比較検討すると」として、両者の用いる繊維の構造が同じであり、両者は、「機械的剥離処理により各成分単位の極細繊維を得る点で一致し」と認定したことは正当であり、この点に原告主張の看過誤認はないといわなければならない。原告の主張は、右に述べたように、検討の対象として問題とする必要のない点の異同をとらえて、審決の認定を非難するものであつて採用できない。

2 取消事由(2)について検討する。

本願発明と第二引用例の発明が共に、天然皮革に極めて類似した不織シート状物の製造法であつて、用いる繊維を異にし収縮工程の有無において差異があるほかは、すべて一致する方法であることは、右1において認定したとおりである。そして、前掲甲第八号証によれば、第二引用例には、「本発明の繊維の上記島成分は、全体の五〇%以上をしめていることが必要であり、これは海成分の破壊により島成分が露出するようにするため不可欠である。」(同号証三欄三七ないし四〇行)、「このように機械的に海成分を破壊し、かつ島成分と分離させることによつて極細繊維が表面に出た極めて皮の風合に似た製品となる。」(同四欄四〇ないし四二行)との記載及び実施例四の説明として、「ナイロンが三五部、ポリエチレンテレフタレート三五部をバイメタル型にした島成分とポリスチレン三〇部の海成分から成る第三図の高分子配列体を用いた他は実施例二のように行なつたところ非常に繊度の小さい島成分が表面部分を構成したスエード調の表面を有するシート状物が得られた。」(同六欄三五ないし四〇行)との記載があることが認められる。これらの記載によれば、第二引用例の発明において天然皮革に極めて類似したシート状物が得られるのは、繊維全体の五〇%以上を占める島成分の極細繊維端がシート状物の表面部分を構成することに主たる原因があること、右島成分は実施例四及び第三図に示されるようにバイメタル型である場合があることが明らかであり、このバイメタル型島成分を構成するナイロンとポリエチレンテレフタレートが本願発明の複合繊維を構成するポリアミドとポリエステルにそれぞれ該当することは原告も明らかに争つていないところである。また、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、本願出願前に頒布された高分子学会発行の雑誌「高分子」第一七巻第一九八号には、複合繊維につきバイメタル型をサイドバイサイド型と同義に使用している例があることが認められる。

以上の事実と本願出願前すでに第一引用例により本願発明に用いる複合繊維とその構造性質を同じくする複合繊維が公知となつていたことを総合すれば、第二引用例の複合繊維が島成分と海成分とよりなり、この点で本願発明の複合繊維と異なるものであるとしても、第二引用例から本願発明の複合繊維の使用に想到することは当業者にとつて容易であると認められる。この意味で、審決が、第二引用例の記載が本願発明におけるサイドバイサイド型の複合繊維をも示唆しているとみたことに、原告主張の誤認混同はないといわなければならない。原告の取消事由(2)の主張は失当である。

3 取消事由(3)について検討する。

右に述べたところと当事者間に争いのない第一引用例の「この複合繊維は、高捲縮性を有する。」、「捲縮は布帛(fabric)の熱固定時に発現される。」、「この複合繊維は、紡止時及び延伸時には充分な接合性を有するが、機械的処理により、容易に剥離し、極細の繊維が得られる。」との記載によれば、第二引用例の複合繊維に代えて第一引用例に示された構造の複合繊維を用い、この繊維の繊度を個々のデニールが〇・〇六ないし一・〇の範囲とし、収縮処理工程を加えて本願発明に想到することは当業者にとつて容易であると認められる。そして、前掲甲第三、第四号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、嵩高性をもつた非常に柔軟な感触を示すドレープ性のある不織シート状物が得られるとの本願発明の作用効果は、本願発明に用いる複合繊維が捲縮性を有し、本願発明の工程を経ることによりほぼ完全に両成分糸に分割剥離されることによるものと説明されていることが認められる。そうであるならば、第一引用例の複合繊維もまた高捲縮性を有し機械的処理により容易に各成分糸に剥離し極細の繊維となることは前記第一引用例の記載から明らかであるから、本願発明の右作用効果は、第一引用例の複合繊維を第二引用例の発明に用いることにより当然に得られるものと予測される範囲を出ないものといわなければならない。

原告は第二引用例のような海島型の繊維(シーズコアー糸)を用いた場合と本願発明の場合を比較して本願発明の作用効果を論じており、前掲甲第三、四号証によれば、本願明細書中に比較例一としてナイロン6を芯成分、ポリエチレンテレフタレートを鞘成分とする複合繊維(シーズコアー糸)を用いた場合を本願発明の実施例一と対比した結果が記載されていることが認められるが、この比較例として挙げられた繊維はこれを構成する材料の点で前記の第二引用例の繊維と明らかに異なるものであるから、原告の右主張は失当である。その他本件全証拠によつても原告主張事実を認めることはできない。

4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、本願発明が第一、第二引用例から当業者であれば容易に発明することができたものとする審決の判断に違法の点は見当らない。

五 よつて、原告の本訴請求を棄却することとする。

〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。

ポリエステルとポリアミドとがサイドバイサイド型に複数回交互に配置されて居り、個々のデニールが〇・〇六~一・〇を有する複合繊維を用い、該繊維の末端が一表面を構成する如く、シート状物を構成した後、該シート状物を収縮処理し、その後該シート状物の表面をバツフイングすることを特徴とする不織シート状物の製造法。

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